学生時代は4年間落語研究会に所属していたことは前に書いた。 落語の世界というのは、プロも素人も同じで、全てを冗談で 済ませてしまうところがある。 反面、普段くだけているように見えて実は上下関係は結構厳しい。 1年生の頃のある土曜日。 授業を終えて部室へ行った。 部室には、私を含めて1年生が3人と上級生が5人くらいいた。 いつものようにダベッて、でもせっかく集まったから1人だけ 稽古をして……。 そのうちマージャンの面子も揃わないし、そろそろ帰ろうかって 話になった。 3年生の1人が「なんかさあ、このまま帰っても面白くないよな。 そこにマジックがあるから、落書きして帰ろうよ」ってことになり、 1年生がジャンケンをさせられた。 そして私が負けた。 「よし。 動けないように押さえつけろ!」と3年生の号令で 2年生に両手を押さえつけられた。 先輩は部室にあったボールペンのキャップをはずした。 「先輩!! それって油性のボールペンじゃないですか! 落ちなくなっちゃいますよ!!」と私の叫び声が部室に響く。 先輩はニヤニヤしながら「大丈夫だよ。 なんとかなるよ」と 実に無責任な答え。 (なんの根拠もないじゃないかよー)と思う間もなく、先輩は プロレスで云えばヘッドロックをして、マジックで私の顔に 落書きを始めた。 もう1人の3年生も途中交代をして、見事な 顔面イラストの完成。 やがて手を離された私の顔を見て、皆大笑い。 勿論同級生の 1年生も。 笑ってないのは私だけ。 自分の顔が見えないから。 「じゃな。 今日は面白かったよ」と言い残して先輩連中は出て 行った。 残されたのは1年生3人。 それからトイレに行き、鏡に映った自分の顔を見て大笑いした。 「あははは。 面白い。 でもどうやって帰るんだよ」と私。 水道の水で洗うが全く落ちない。 石鹸を使って洗ってみた。 ほんの少し薄くなったような気はしたが、 あまり変わらない。 「それで帰るしかないんじゃないの?」って同級生の1人。 (おいおい。 俺の身にもなってくれよ) そして、最後に試したのが……なんと唾。 唾を指先に吐き掛けて、その指で落書きをなぞって、その後に トイレット・ペーパーで拭いてみた。 (おっ!? 効果あり!!) 顔全体に唾を塗りたくって、拭く。 これを何度か繰り返して ほぼ判らなくなった。 そして3人で部室を後にした。 石鹸で洗っても、なんか唾の香りに包まれたようなそんな週末を 過ごした。 今の時代ならハラスメントという話になる可能性もあるが、これが やった方もやられた方も冗談で済ませてしまう。 次に会った時は 「この間は面白かったなあ」とお互いに笑いで済ませてしまう。 なんと素晴らしい世界だろう。 昨年のCD「おえかき」をお聴き下さい。一覧へ